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道教の神々のご紹介

關聖帝君(かんせいていくん)さま

關聖帝君(かんせいていくん)さま
『三國志』でおなじみの、後漢時代に実在し大活躍した武将・關羽大将軍が神格化されたものである。身の丈九尺、髯の長さ二尺、顔は燻べた棗の如く、唇は朱を塗ったようで、切れ長の眼、射抜くような鋭い眼光、太く濃い力強い眉で一馬弓手の身で、酒なお温かき時に勇将華雄を一刀のもとに斬りすて、曹操の恩義に報いて猛将顔良、文醜を屠り去り、主君劉備の下へ走って五関を破り六将軍を一蹴し、八十二斤の青龍偃月刀を携え千里を駆ける赤兎馬に跨ったそのお姿は三國志を彩る豪快な勇姿であり、今なお語り継がれている。義侠心に富み、その忠節を讚えられた關羽大将軍は、仁義礼智信の五徳を貫いた生涯を終え、神に祀られた。歴代の王朝からも厚い尊崇を受け、『伽藍神』(がらんしん)『三界伏魔大帝神威遠震天尊關聖帝君(これを略して關帝聖君とする)』(さんかいふくまたいていしんいえんしんてんそんかんせいていくん)『忠義神武霊佑仁勇威顕關聖大帝』などの称号が贈られている(特に清王朝においては、建国に際して多くの神助を受けたとして、王朝の守護神として手厚く祭られた)当然ながら武神として信仰されるほか、死者の無念を晴らす『老爺』と呼ばれる幽界の有力神、真義に厚く、理財に精通し、金銭にとらわれない潔癖性と忠義千秋(ただ一人の君主に命を賭して生涯を尽くす)義侠心から財神としても信仰される。算盤を開発したとも云われている。そのほかにも悪霊退散、勝負必勝、災難予知、死者蘇生を司り、無礼を許さない神、天界の南大門の守護神とされている。道教だけでなく、仏教(仏教の護法神『關帝菩薩』『伽藍菩薩』)、儒教(『五文昌』の一人『文衡聖帝』)においても信仰されている。現在の第十八代の玉皇大天尊玄靈高上帝(ぎょっこうだいてんそんげんれいこうじょうてい)さまは關聖帝君さまだと伝えられている。別名美髯公、關公、伏魔大帝など。
両脇には三國志の蜀の武将の右側には玉璽と劍を持った關平将軍、左側に青龍偃月刀を持った周倉将軍が従えて奉られていることが多い。

三清(さんちん)

三清(さんちん)
道教の最高神であり代表的な神々である。元始天尊 <画像中> 、霊宝天尊 <画像下> 、道徳天尊(太上老君) <画像上> を配した3神のこと、御神符の上に書かれているレ点はこの3神のことをあらわす。三清境に住み、玉清境(清微天)という場所には元始天尊が、上清境(禹余天)という場所には霊宝天尊が、太清境(大赤天)という場所には太上老君がそれぞれ宮殿を構えて住んでいると伝えられている。

玉皇大帝(ぎょっこうたいてい)さま

玉皇大帝(ぎょっこうたいてい)さま
天の神格化した象徴とされ、神学的には三清よりも下位だが、四御(三清を補佐する4柱の天帝)の一角で民間道教では、事実上の最高神といえるほどに篤い信仰を集めてる神格で、天界三十六天(大羅天、三清境、上四天、無色界、色界、欲界)のあらゆる神仙を統御し、すべての人間の行いを算定して運命を決定すると言われている。正式名は玉皇大天尊玄靈高上帝(ぎょっこうだいてんそんげんれいこうじょうてい)だが民衆では天公、上帝、天帝、など呼び名は様々であり、現在は關聖帝君さまが十八代目だと伝えられている。

玄天上帝(げんてんじょうてい)さま

玄天上帝(げんてんじょうてい)さま
北天師、真武大帝、玄武星君とも言われ、北極星の象徴であり、元始天尊の化身、大極の分身とされ、二十八宿神のうちの北方七宿、すなわち室、壁、斗、牛、女、虚、危宿を合わせた玄武を神格化したもの。玄武は亀と蛇が交わった形象も持つので神像の下に亀と蛇を置き、もしくは蛇の絡みついた亀を玄天上帝のとする。北栄の時、皇帝の忌み名を避けて真武と改め真武大帝と称するようになった。北方鎮守の神、水神として信仰されたが、亀蛇が甲鱗を有することから武神としても信仰された。玄武は元来、青龍、朱雀、白虎とともに四神として信仰されていたが北宋以来、歴代皇帝の庇護のもと盛んに信仰されるようになった。六丁六甲の神将と七十二地将を従えて悪鬼妖魔を退治する神である。足元に亀と蛇(玄武)を踏みつけているのが特徴。

張天師(ちょうてんし)さま

張天師(ちょうてんし)さま
蜀の鶴鳴山で修業し仙道を修めたとされ、道教諸派の祖・張道陵の神格化であり、別名、南天師、張府天師とも言われ、天界では玉皇大帝を補佐する役目であり魔除けの御神符などにもたびたび登場する。
おもに正一派の信仰のさかんな中国南部、台湾で重んじられている。多くは虎にまたがり剣を振り上げた姿が特徴的である。

五路財神(ごろざいじん)さま

五路財神(ごろざいじん)さま
趙元師を本尊に、招財、利市、招宝、納珍の五神で金銭を司る神々であり、財をもたらす神として深く信仰され財利符などに、よく見られる。財運に最も霊験あらたかな神だが武財神でもあり中国や台湾などでは岳飛、温瓊、馬靈官とならぶ四壇元帥の一人で冥界で靈魂や悪霊の管理をしたり民間では疫病をつかさどる瘟神として信仰されているがもとは秦の時代の人物で、始皇帝のときの乱世から逃れて山中で修行をはじめ、仙薬を練る張天師の守護をした功績から正一玄壇元帥の称号を与えられたといわれている。
別名趙公明、玄壇元帥など

福徳正神(ふくとくせいじん)さま

福徳正神(ふくとくせいじん)さま
土地公とも呼ばれ、土地に関する神だが、人々の生死や財務を司る神でもある。主に人々の財を与える福の神として民間では親しまれている。

中壇元師(ちゅうだんげんすい)さま

中壇元師(ちゅうだんげんすい)さま
別名、哪吒太子(なたたいし)封神演義、西遊記でもおなじみの天界きっての暴れん坊。
足元の風火二輪を踏んで空中を自在に飛び回る三頭六臂の童子神で、7歳のとき東海龍王の巡海夜叉と竜王の三太子を殺してしまい、父の怒りをうけ自らの肉と骨を切り自決したが、冥府をさまよう哪吒の霊魂に対し、太乙真人が蓮の花に金丹を入れ肉体とし、1丈6尺の少女のような容姿の体で再生した。父とは燃灯道人がとりなし和解。ルーツはインドの地神・財神クベーラ(毘沙門天)の子のナラクベーラとされ、吒塔天子(毘沙門天)の三男として登場している。
哪吒太子は普段は玉皇大天尊さまの側で使いをしており、中国、台湾では強力な降魔辟邪の童子神として絶大な人気である。

五雷元師(ごらいげんすい)さま

五雷元師(ごらいげんすい)さま
五雷元帥は古来より、天刑の執行者として恐れられた。雷に打たれるものは天の意五雷とは、天雷、地雷、水雷、神雷、社来の五つを司る神であり、五雷院、駆邪院、万神雷司、雷霆都司、雷霆部司の雷部都府の神々を総称して雷部天将とも言う。
この雷部天将たちは思を損なう者であり、俗に親不孝の者や、罪を犯したもの、食べ物を粗末にする者を狙い撃ちにして天罰を与える。
別名、雷公、雷神爺。

九天應元雷聲普化天尊(きゅうてんおうげんらいせいふかてんそん)さま

九天應元雷聲普化天尊(きゅうてんおうげんらいせいふかてんそん)さま
すべての雷神を従える最高神であり、生あるもの祖で万霊の師とされ、人々の生死から世界の盛衰までをも掌握する。三清(元始天尊、霊寶天尊、道徳天尊)以外のすべての神々は、この神の承認なしに政令を執行することは許されず、悪行をなす者には問答無用で落雷によって容赦なく懲らしめ、善人は慈悲の心で御加護を受けられるといわれている。また人間の苦悩を救ってくれる神でもあり、地獄に落ちた人間を救う権限を持っている。三清境のひとつ玉清境にある雷城に住まい、五雷、十雷、二十四雷、三十六雷を掌握し、人間の生殺与奪権を握っている。別名雷帝とも呼ばれる。
現在の雷帝は「封神演義」の中の殷(いん)の将軍の聞仲(ぶんちゅう)が雷帝に封ぜられている。雨を司る神でもあり
「九・天・應・元・雷・聲・普・化・天・尊」この十文字自体に神力を宿しており
この文字を一たび唱えればあらゆる災厄を避けることができるといわれている。

黄帝(こうてい)さま

黄帝(こうてい)さま
漢代に司馬遷が著した『史記』によれば、少典の子、姓は公孫、名は軒轅という。
牛身の怪物、蚩尤との闘いで逼迫していたとき、九天玄女から授かった靈符や兵法を用いて蚩尤を倒したという。
中国をすみずみまで統治した黄帝は天文や暦、舟、竈をつくり、道徳を定めたという。西王母、東王父とともに、五老の一角にもかぞえられることがある。
別名黄老君。

紫微大帝(しびたいてい)さま

紫微大帝(しびたいてい)さま
北極星の神格化で、北極星を中心とした天域にある紫微宮に住まう。太古より信仰されていた神で、日月星辰や四時の気候をつかさどる。玉皇大帝と並び、三清を補佐する四御の一角でもある。
別名 中天北極紫微太皇大帝。

西王母(せいおうぼ)さま

西王母(せいおうぼ)さま
女仙と女神を統べる聖母であり、崑崙山上に住むといわれている女神で、すべての女仙の元締めとされている。不老不死を望む漢の武帝の宮殿に降臨し、三千年に一度咲くという仙桃の実を献じたといわれている。また西王母の仙桃を食べて寿命が3000年も延びてしまい、不老不死を手にしたのは孫悟空(斉天大聖)だといわれている。
別名 瑤池金母、王母娘娘。

九天玄女(きゅうてんげんにょ)さま

九天玄女(きゅうてんげんにょ)さま
唐代から宋代にかけて信仰された戦いの女神。黄帝の師、聖母元君の弟子ともいわれ、黄帝が牛身の怪物蚩尤との戦いで苦戦しているとき、天より顕れ靈符と兵法を授けた。おかげで黄帝は蚩尤に勝てたという。英雄が絶対絶命の窮地に陥ると天より舞い降りて「九天玄女兵法」や「九天玄女戦法」などを授けるといわれている。

斗母元君(とぼげんくん)さま

斗母元君(とぼげんくん)さま
もともとはヒンドゥー教の神マリーチーが由来だといわれている。
古くは一群の風神マルトの主といい、また創造主プラジャーパティの一人であり、陽炎、日の光を意味することばである。
その昔、帝釈天が阿修羅と戦ったとき、日と月を守ったという。自らは陰形、つまり姿を見せないが、この神を念ずると、他人はその人を「見ず」「知らず」「害することがなく」「欺くことはなく」「縛することもなく」「罰することがない」という。その姿は八臂の異形であり、衆生に難が起こったときは西天摩利支天大聖に変じて戦うといわれ、あらゆる災難を排除し利益を与える存在である。北斗七星の母とされ周御王の妃の紫光夫人であり、天皇大帝、紫微大帝を生み、貪狼星、巨門、禄存、文曲、廉貞、武曲、破軍の七星を生んだとされる。なん人たりとも、実体の無い陽炎の神格化である斗母元君には危害を加えることすらできないため、戦においては無敗の神として奉られた。
別名 斗母洪恩天后円明道姥天尊。

太歳星君(たいさいせいくん)さま

太歳星君(たいさいせいくん)さま
道教に伝わる怨神であり、古来中国の天文官達は太歳星君のもたらす災いを避けるため、とりわけその年の太歳の方位に注意したという。
太歳を恐れる信仰は長く、古くは後漢の王充が「論衡」で取り上げている。太歳は天上の木星と呼応して土中を動く肉の塊として考えられ、住居を建設するときは決してこれを犯してはならないとされた。
「太平広記」には太歳の祟りを信じず地下から掘り起こしたために一族滅亡となった家の説話が記されている。
この太歳信仰を人格化したのが太歳星君であり、またその名は「道法会元」や「三教捜神大全」他、多くの文学資料で殷郊または殷交(殷元帥)だとされている。『三教捜神大全』には太歳殷元帥の項があり、それによると殷の紂王の子で、母親の姜皇后が巨人の足跡を踏んだことで孕み、産み落とした肉球を切り裂いたところ誕生したという。後に周の武王が紂王を討つのを援けた為、玉帝によって太歳神の位に封じられた。
同様の説話は元代の歴史小説「武王伐紂平話」にも登場する。また明の神怪小説「封神演義」では、易姓革命の際に殷に加勢し周に討たれた殷郊が姜子牙によって太歳に封じられたとされている。
したがって中国や台湾では、その年の「太歳」にあたる人と「沖太歳にあたる」は必ず太歳符を奉り安泰儀式を行って1年間を平安を祈ります。(燃やす場合は金紙と一緒に燃やします。)
天の気をあらわす十干(甲乙丙丁戊己庚辛壬癸=五行を陰陽の二気にわけたもの)と、地の気をあらわす十二支(子丑寅卯辰巳午未申酉戌亥)を組み合わせた六十干支の神格化された六十元辰を従えている。
別名 太歳、太歳元帥、太歳神。

保生大帝(ほせいたいてい)さま

保生大帝(ほせいたいてい)さま
医術の神。宋の時代の名医、呉本という人物で、あらゆる病気を治すといわれていた。
学問を修めたのち、崑崙山に昇り、西王母のもとに七日間とどまり、凶神悪煞の仙法と死者をも蘇らす御符も授かり、符咒術によって白骨化した遺体を元の人間に蘇生させる秘術を伝授された。
あるとき時の皇帝から皇后の診察に呼ばれたが、皇帝は呉本を試す為に柱に糸を巻きつけ「隣室から糸越しに皇后を診断しろ」と無理難題をつきつけたが、呉本は糸の先に柱を見破り、さらに皇后の症状にあった仙薬を調合した。
するとたちまち皇后は全快し、皇帝は彼に保生大帝の称号を授けたという。

月老神君(げつろうしんくん)さま

月老神君(げつろうしんくん)さま
縁結びの神。布袋を下げた白髪白髭の老人で「運命の赤い糸」が入っている袋と結婚相手の名が記された婚縁簿をもっており、
そこには将来の結婚相手の名が記されており人々の和合させる権限を持った唯一の神である。
別名 月下老人、月下神君。